立教大学原子力研究所に移る

駒込の日本原子力研究所(日本原研))、理研研究室に通い始めて1ヶ月も立たない時、私は工学部卒ですが大学院に入ってから理学部の講義も聞いていましたので、同じ大学の、理学部物理教室の助手を勤めていた、5年ほど先輩と話す機会がありましたが、その先輩から、駒込の理研の近くのアパートにいるから、来てもらいたいとの連絡を受け取りました。 理研からの帰りにそのアパートに立ち寄ったところ、その先輩は、今は立教大学に勤めている。理由は、アメリカ聖公会が1955年の総会において、「極東に原子炉を寄贈すること言う提案を採択し、聖公会の司祭であり、ウラン濃縮の専門家でもある方がアリカ聖公会の原子炉寄贈先を決めるように頼まれ、日本に来て、寄贈する先を立教大学に決めたので、寄贈される原子炉の管理とその原子炉を使った教育や研究をやることになったからからであると説明してくれました。そして、私に日本原研から立教大学に来て貰えないかと要請されました。私は『教会から寄贈された原子炉を使って原子力の研究をする』と言うことに興味を惹かれ、その場で直ちに承知しました。そしたら、その先輩は、君が日本原研から立教に移ることは自分が日本原研の所長に話をしておくから、君は何もしなくてもよいとのことだったので、その後この話は1年ほど日本原子力研究所の同僚にも話すことなく過ぎました。   日本原研はそれから1年後1957年に出力50kWの通称「ウォーターボイラー」、正式名「JRR-1」を臨界にしたのですが、日本原子力研究所所長が私に、立教大学に行くのなら原子炉の運転経験を身に付けていかなければいけないと言って、計測制御研究室からJRR-1運転室に籍を移し、半年間原子炉の運転経験をする機会を作ってくれました。その後、第1種放射線取扱主任者や原子炉主任技術者の国家試験にも合格して、日本原研から、立教大学原子力研究所(立教原研)に移りました。
 アメリカ聖公会から寄贈された原子炉は通称TRI GAと呼ばれているあ出力100キロワットの小型研究用原子炉でした。TRIGA炉は「Training(教育・訓練)、Research(研究)、Isotopes(アイソトープ)Gneral Atomics」の頭文字語で、この炉の優れているのは、原子炉自身が自己制御性を持っていて、例えば、若し何らかの理由で制御棒が抜けてなくなってしまっても、原子炉の出力が上昇して原子炉内の温度が上がると、直ちに出力が下がり、燃料のメルトダウンなどは起きない設計になっていた。。この設計を見て私は大変感激しました。TRIGA原子炉のプロトタイプ(TRIGAMarkI) は1958年5月サンディエゴ、ラフォヤで臨界になり、この後、MarkII、MarkIII、および他のバリエーションが設計されて製造されたと聞いています。その後、米国内では35基 さらに国外に35基設置された。立教炉はその中の1基です。TRIGA原子炉のプロトタイプ(TIGA MarkI) はサンディエゴ郊外で臨界になり、初心者に対する原子炉の運転訓練などに使われ、私も今一人の立教大学のスタフと一緒にこのプロトタイプで原子炉運転の訓練を受けてきました。このプロトタイプは1997年まで運用されましたが、この原子炉は米国原子力学会によって原子炉開発史上のランドマークと称されたとのことです。
 立教大学はこの研究炉の設置許可を1959年に取り、翌年に建設をはじめ、途中で、イタリア、ローマで建設中のTRIGA炉の原子炉タンクと実験装置の継ぎ目に水漏れがあったとのことで、設計変更がありましたが、翌年の1961年12月8日に、臨界実験に成功しました。私にとってはこの臨界は日本原子力研究所在職中のJRR−1の臨界に続いて2度目のでしたが、JRR−1の臨界は東海村で行われたので、東京に残っていた多くの所員と一緒に臨界になったという連絡を聞いて乾杯しただけでした。だから、私にとって、立教炉の炉の臨界が、実際に臨界の瞬間に立ち会った最初でした。
 この原子炉は、最初、立教大学の原子力研究所と、理学部の教授陣の研究、および、理学部学生の原子炉運転の実習などに使われていましたが、日本学術会議が、安全性その他を考えると、数多く作ることができない原子炉は、私立学校の所有する施設であっても、日本におけるすべての大学(国・公・私立大学)が共同して使用できるようにすべきであるとの勧告が出され、それを受け止めた文部科学省が1974年から東京大学アイソトープセンターを事務局にして立教大学に原子炉使用料を払い全国大学の共同利用を行なうことにしました。この共同利用は、日本原子力研究炉が、JRR-2、JRR-2 JRR-3、JRR-3改造、などが稼働さ研究炉を用いた実験が日本で充分行えるようになり、立教炉の役目は充分果たしたことを見届けて、2000に共同利用を終えました。

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